1日の疲れを癒す目的で、眠りにつくときにラジオをつける。聞くのは「ラジオ深夜便」だ。人生や海外の暮らしの話題に耳を傾ける目的だが、NHKのアナウンサーであっても話のプロが少なくなっていることを感じる。それはアナウンサー自身の自我や自己顕示欲と関係しているからかもしれない。黒子である前に、アナウンサーとしての「自分」が前面に出てくる感じ。これはニュース番組のキャスターにも感じられる。言葉を丁寧に話すよりも感情を優先し、時には安っぽく驚きはしゃいでみせたりする。話すロボットではなくそれが人間らしい伝え方だ、という考えなのだろう。
そうした風潮が画面から感じられ、だからこそベテランのアナウンサーが担当する「ラジオ深夜便」に期待するのだが、最近は若手も起用されるようになった。話す速度が一定でなく、スピードを上げたかと思うと急に立ち止まるように沈黙するアナウンサーがいる。気になりだすと妙にいらいらして落ち着かなくなる。音楽を特集するコーナーでは恐らく資料に書いてあるだろう、作詞作曲のデータを読むことこそするが、別にその楽曲にまつわるエピソードを紹介するわけでもなく、調べてもいないのだろう。「このときはこんなことがあったんですねえ」「この歌がはやっていたときはこういうことしてました」ということを話すだけなら随分楽な仕事だと思う。
邪魔にならない話し方は難しい技術が必要だと思う。ラジオのトーク、しかもNHKとなればその完成度に期待してしまう。普通でいい、ということとはわけが違うのだと感じつつ、それを自分の仕事と置き換えて考えると日々に余裕がないせいもあるかもしれないとも思ってみる。
2010年4月29日木曜日
2010年3月31日水曜日
NHKのワンセグ放送
携帯電話のデジタル放送は結構便利で使っています。移動中にテレビ番組を持ち運べるというのは結構なかった体験で、疲れているときはそれでも見る気が失せたりするのですが、人に「あの番組でこういっていてね」などと話を振るとき、携帯を見せながらテレビの話ができるのは便利だと思っています。
そしてこの地上デジタル放送の受信携帯にSDカードのチップを使って番組録画をやっているわけですが、特にNHKの語学番組を録りだめしています。それが2009年度はワンセグ独自番組というのが入って地上波アナログ放送とは別のしろものを放送していたんですよ。クイズとか大河ドラマダイジェストとか。いかにも試験的にためしてます、みたいなもので、語学番組を通常のように放送してくれることを願っていました。実際にNHKにアナログと番組が違うことを問い合わせてしまいましたが、決まってしまったことだから、という回答で1年間我慢しました。
それが2010年度は語学番組はきちんとワンセグ放送でも番組表に組み込まれているんです。これはうれしい。声が届いたのか、などと思ってしまいます。
タレントを多用しバラエティー豊かになっていくのは気がかりですが、教育的要素はまだ残っています。あとはこちらの活用の方法次第でおいしさが広がっていくのかもしれません。
そしてこの地上デジタル放送の受信携帯にSDカードのチップを使って番組録画をやっているわけですが、特にNHKの語学番組を録りだめしています。それが2009年度はワンセグ独自番組というのが入って地上波アナログ放送とは別のしろものを放送していたんですよ。クイズとか大河ドラマダイジェストとか。いかにも試験的にためしてます、みたいなもので、語学番組を通常のように放送してくれることを願っていました。実際にNHKにアナログと番組が違うことを問い合わせてしまいましたが、決まってしまったことだから、という回答で1年間我慢しました。
それが2010年度は語学番組はきちんとワンセグ放送でも番組表に組み込まれているんです。これはうれしい。声が届いたのか、などと思ってしまいます。
タレントを多用しバラエティー豊かになっていくのは気がかりですが、教育的要素はまだ残っています。あとはこちらの活用の方法次第でおいしさが広がっていくのかもしれません。
2010年2月8日月曜日
マイケル・ムーア監督「キャピタリズム」
「キャピタリズム」にはサブタイトルがあって、「マネーは踊る」となっている。配給はショウゲート。東芝エンタテインメントから商号変更して、博報堂DYメディアパートナーズの完全子会社になった会社のようだ。邦題をつけるのは難しいのだろうか。公開からしばらくたって観たが、劇場は満員だった。しかも客層はおとな世代。マネーは踊るっていう話が主題ではなく、原題はサブタイトルが「ア・ラブ・ストーリー」なわけであり、もう少しセンスの感じるタイトルにしても良さそうだ。このあたりに時代の空気を読む努力を怠る業界体質、というべきか、映画宣伝独特の「かたい題名だと人来ないし」みたいな目線を感じてしまう。
マイケル・ムーアの作風はいろいろな映像をミックスして、本人が突撃していく、というパターンで、今回もそうなのだが少々飽きてきた感は否めない。話も何となく行ったり来たりする。NHKがマネー資本主義のドキュメンタリーで数学を学んだエリートたちが金融工学を開発していた話を紹介したことがあったが今回の作品にも入っていた。何かがおかしい、という話は例えばパイロットの薄給や生活費のためのアルバイトで疲れきって事故につながること、失業に直面する人々の挿話などと織り交ぜて、危機感の薄い政治や当局者に目線が向けられている。
自分の意識を高めることやきっかけになる作品になっている。個人的には株式相場の下落につながった米議会の法案審議のくだり。大幅安という「恐怖」を演出し、公的資金による救済を通したという話はしばし忘れていたことだった。そして実際に議員が演説で、家の退去を命じられても居座れ、と言っていたのも知らなかった。米国の議会をよく聞いてみるとこうした熱いものを打ち出す議員がいるのだと感じた。
仕事だから、と家を立ち退かせ、ドアに板を打ち付ける人。金を返さないのが悪い、働いた結果稼いで何が悪い。そうした社会の断面を見せてもらいながら、そういう姿を後追いしている日本のことを考えた。
マイケル・ムーアの作風はいろいろな映像をミックスして、本人が突撃していく、というパターンで、今回もそうなのだが少々飽きてきた感は否めない。話も何となく行ったり来たりする。NHKがマネー資本主義のドキュメンタリーで数学を学んだエリートたちが金融工学を開発していた話を紹介したことがあったが今回の作品にも入っていた。何かがおかしい、という話は例えばパイロットの薄給や生活費のためのアルバイトで疲れきって事故につながること、失業に直面する人々の挿話などと織り交ぜて、危機感の薄い政治や当局者に目線が向けられている。
自分の意識を高めることやきっかけになる作品になっている。個人的には株式相場の下落につながった米議会の法案審議のくだり。大幅安という「恐怖」を演出し、公的資金による救済を通したという話はしばし忘れていたことだった。そして実際に議員が演説で、家の退去を命じられても居座れ、と言っていたのも知らなかった。米国の議会をよく聞いてみるとこうした熱いものを打ち出す議員がいるのだと感じた。
仕事だから、と家を立ち退かせ、ドアに板を打ち付ける人。金を返さないのが悪い、働いた結果稼いで何が悪い。そうした社会の断面を見せてもらいながら、そういう姿を後追いしている日本のことを考えた。
2010年1月23日土曜日
東映配給「今度は愛妻家」
薬師丸ひろ子の映画、という味わいの作品だ。2時間を超す映画でありながら飽きさせない。題材はありふれているような気がするが、監督の狙いの1つであろう「役者で魅せる」という映画に仕上がった。伏線はいろいろ描かれている。差し出されたお茶が減っていない。旅行に行っていたり、しばらく姿を消したり。そうした伏線が最後にきてつながるという展開だ。ファンタジー、それは物語の世界。薬師丸ひろ子演じる妻の可愛らしさや無邪気さが、豊川悦司演じる主人公の男の身勝手さもあいまって、印象的に描かれている。
石橋蓮司の存在感で、作品が新たに引き締まる。ベテランはここぞという時に期待通りの安定感をみせてくれる。若者もその若さが味わいを出していて、主人公夫婦を引き立たせている。
人はなぜ結婚するのだろう。単純に「好き」という感情が結びつけているのかもしれない。そしてそこから理想が膨らみ、現実が続くうちにすれ違っていく。つまらない日常に横たわっている心地よさや楽しさ。手放したくないという思いすらも気がつかずにいるという毎日。
どうしようもなく、離れていかざるを得ない状況。それは受け入れられない、そんな現実は嫌だと思っても抵抗できない運命がある。だからこそ人とのかかわりは大事にしていく必要があるのだろう。
映画作品として、テレビにありがちな軽量感とは異なる質感がしっかり出ている。やはり劇場で見たい映画だ。薬師丸ひろ子の新しい代表作が生まれた、と言っていいだろう。
石橋蓮司の存在感で、作品が新たに引き締まる。ベテランはここぞという時に期待通りの安定感をみせてくれる。若者もその若さが味わいを出していて、主人公夫婦を引き立たせている。
人はなぜ結婚するのだろう。単純に「好き」という感情が結びつけているのかもしれない。そしてそこから理想が膨らみ、現実が続くうちにすれ違っていく。つまらない日常に横たわっている心地よさや楽しさ。手放したくないという思いすらも気がつかずにいるという毎日。
どうしようもなく、離れていかざるを得ない状況。それは受け入れられない、そんな現実は嫌だと思っても抵抗できない運命がある。だからこそ人とのかかわりは大事にしていく必要があるのだろう。
映画作品として、テレビにありがちな軽量感とは異なる質感がしっかり出ている。やはり劇場で見たい映画だ。薬師丸ひろ子の新しい代表作が生まれた、と言っていいだろう。
2010年1月9日土曜日
NHK大河ドラマ「龍馬伝」
NHKが大々的に宣伝をしていた今年の大河ドラマ「龍馬伝」を見た。
上級武士と下級武士の間の身分の差を軸に描いた第1回だが、恐らく主人公龍馬の心の軸となる原体験なのだろう。比較的丁寧にこのつらさを描いている印象を持った。同じ人間である、というのに片方は権力を誇示し、片方はののしられさげすまれる、という対立軸はいまも日常で味わうことだ。ドラマを見る場合には主人公の心情に肩入れしながらも、現実の生活で己はどうしているのか、と問いかけてくるものがあった。
主演の福山雅治。俳優として大きな挑戦の機会を得ているが、第1回では気負いは感じられずむしろ淡々と演じている感じだ。香川照之、寺島しのぶらが印象的な演技を見せている。理不尽なことで命を落とし涙する子供の心。身分格差を軸にこうした原体験をきちんと描いていて、福山雅治は抑えた演技で表現していた。
画面を揺らし、ドキュメンタリー風の演出をしている工夫は時に製作者側の意識過剰がドラマの中身を上回ってしまいがちな気がする。ただ明治という時代に乗り出す前夜の人々の「熱」や実話の持つ現実味、そして桂浜での姉弟の剣の打ち合いのラストシーンで描かれる心情が今回は演出意識を凌駕していた。次を期待させる第1話になったとみている。
上級武士と下級武士の間の身分の差を軸に描いた第1回だが、恐らく主人公龍馬の心の軸となる原体験なのだろう。比較的丁寧にこのつらさを描いている印象を持った。同じ人間である、というのに片方は権力を誇示し、片方はののしられさげすまれる、という対立軸はいまも日常で味わうことだ。ドラマを見る場合には主人公の心情に肩入れしながらも、現実の生活で己はどうしているのか、と問いかけてくるものがあった。
主演の福山雅治。俳優として大きな挑戦の機会を得ているが、第1回では気負いは感じられずむしろ淡々と演じている感じだ。香川照之、寺島しのぶらが印象的な演技を見せている。理不尽なことで命を落とし涙する子供の心。身分格差を軸にこうした原体験をきちんと描いていて、福山雅治は抑えた演技で表現していた。
画面を揺らし、ドキュメンタリー風の演出をしている工夫は時に製作者側の意識過剰がドラマの中身を上回ってしまいがちな気がする。ただ明治という時代に乗り出す前夜の人々の「熱」や実話の持つ現実味、そして桂浜での姉弟の剣の打ち合いのラストシーンで描かれる心情が今回は演出意識を凌駕していた。次を期待させる第1話になったとみている。
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